東京高等裁判所 昭和39年(う)1991号 判決 1965年2月26日
被告人 田中桃太郎
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人宮崎保興および同藤森勝太郎連名提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。
控訴趣意第一および第二は、原判決は被告人の本件行為を有罪と認定しているが、被告人は、中小企業等協同組合法に基き設立された事業協同組合たる箱根法人協同組合の理事長として所轄行政庁の認可を受けた同協同組合の定款に定められた同協同組合の目的たる事業の執行のため、本件行為をなしたのであつて、これは法令に基く正当行為であり、右を有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。
そこで、記録を調査すると、なるほど、被告人は本件行為を、箱根法人協同組合を代表する理事長の資格において同協同組合の事業の執行として行つたこと、同協同組合の定款第二章第七条中に、事業の一として、「組合員のためにする関係諸官庁に対する計理、保険、労務等に関する一般的な事務所の施設」という項目が規定されていることおよび被告人が同様に代表理事をしていた城南法人協同組合の定款第二章第七条中には、事業の一として、「組合員のためにする関係諸官庁、税務、保険その他に関する一般事務の代行」という項目が規定されていることは明らかであるけれども、しかし、右の城南法人協同組合の設立に際し、被告人ほか三名が発起人代表として東京都知事に対し、当時の中小企業等協同組合法(昭和三〇年八月法律第一二一号による改正前のもの)第二七条の二第一項に基き、右のような目的事業の規定を包含する定款を提出したときには、なんらの支障もなく、昭和二九年六月一五日右定款に同知事の認証を受けることができて、同協同組合は同年七月二一日設立の登記をし、同年九月六日その旨の届出が東京都に受理されるに至つたものの、被告人は、本件の箱根法人協同組合(その名称は当初においては協同組合箱根法人会であつたが、昭和三一年八月一五日右に変更され、同年九月五日その旨登記された)を設立するに際し、発起人ではなかつたが、設立に関する事務一切を執り行つていたことから、昭和三〇年四月五日、右と同様にして、神奈川県知事の認証を受けるため同協同組合の定款を同県足柄下地方事務所に提出したところ、同地方事務所において、右定款第二章第七条中に、事業の一として、「組合員の事業経営に対する税務、計理、労務等に関する事務の代行」と定められていることが税理士法に触れる疑いがあるとして問題にし、同地方事務所長から同県商工部長あてに照会した結果、右の定款の規定は税理士法に抵触するとの回答があつたため、この間の事情を説明したうえで被告人に取下を求め、被告人は、これを了承していつたん取り下げ、再び同年八月一八日、右の規定を「組合員のためにする諸官庁に対する計理、保険、労務等に関する一般的な事務所の施設」と改めた定款を提出し、同月二〇日これに同県知事の認証を受けるに至り、同月三〇日同協同組合の設立の登記をし、同年九月六日その旨の届出が同地方事務所に受理されたこと、さらに、その後同協同組合の定款中目的事業に関する規定に税理士法に触れる点があるとの注意があつて、被告人は、同協同組合を代表して、昭和三〇年九月一五日付申述書と題する書面をもつて東京国税局長に対し、定款中の目的事業に関する規定に「但し他の法律に定められたものを除く」と付加することおよび税理士法に触れる行為は特にしないことを申し出ていることがうかがわれるのであり、以上の経過からすれば、原判決の説示するとおり、本件の箱根法人協同組合の定款に定められた目的事業中には組合員のためにする税務に関する事務の代行は包含されないことが明白であつて、組合員のための税務事務の代行が同協同組合の目的事業の範囲内であることを前提とする論旨は、すでにこの点において失当である。
のみならず、そもそも、税理士でない者が税理士法所定の除外事由がないのに同法第二条所定の税理士業務を行うことは、同法第五二条によつて禁止されているところであり、これに違反する行為は、本件のごとく、たとえその定款が中小企業等協同組合法に基いて知事の認証を受けたもので、定款の定める目的の範囲内で同法所定の協同組合の事業としてなした行為であつても、刑法第三五条にいう「正当の業務に因り為したる行為」には該当せず、その違法性を阻却するものではないことはきわめて明らかである。尤も、昭和二六年六月二六日二六企庁第一五三一号中小企業庁通達「事業協同組合運営指針」のうちには、「事務執行の代行事業」と題して、「(1)本事業は、税務、経理労務、配給等組合員がその事業の遂行上必要な事務の執行を組合が代行して行うことにより、これらの事務の執行に不馴なために組合が不利益を蒙むることのないようにしようとするものである。(2)本事業を行うには、その代行事務の内容に従い税務代理士、計理士、代書人等その事務処理に明るいものをおくのが適当である。」との説明がなされているが、これが税務に関して税理士法施行前の税務代理士法および税理士法の禁止規定までも排斥する趣旨のものとはとうてい解されないばかりか、右通達がどのような意図のもとに発せられたものであるにせよ、これが法的効力を持つものではないことはいうまでもない。そして、記録によれば、被告人は原判示のような税務書類の作成およびこれの小田原税務署への提出をなして、税理士法第二条各号所定の事務を行い、かつ、これが、前記箱根法人協同組合の組合員の依頼に応じて、特にこれに対する報酬を得ずになされたものではあるものの、同条にいう「他人の求めに応じ、(中略)左に掲げる事務を行うことを業とする」とは、反覆継続の意思をもつて他人の求めに応じて同条各号所定の事務を行えば足り、その他に、その他人が不特定であることないしは多数であること、その事務を営利の目的をもつて行つたことなどを必要としないものと解されるところ、被告人は右の行為を反覆継続の意思をもつて他人である同協同組合の組合員の求めに応じてなしたことが明らかであるから、被告人の右行為は、これが同協同組合の定款の定める目的事業の範囲内に属するとしても税理士法第五二条に違反し、かつ、違法性の具備に欠けるところがなく、同法第五九条によつて処罰を免れず、論旨はこの点においても採用できない。(東京高等裁判所昭和二六年(う)第三七五九号・昭和二八年一一月一九日第二刑事部判決、判例時報二〇号二六頁以下参照)論旨は理由がない。
控訴趣意第三は、本件行為をする際に被告人には税理士法に違反することの認識がなかつたのであるから、被告人に犯意があるものとした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。
しかし、刑法第三八条第一項にいう「罪を犯す意」とは罪となるべき事実そのものの認識をいうのであつて、それが特定の刑罰法規に触れることの認識はもちろん、違法であることの認識をも必要としないと解すべきであるから、所論は主張自体失当であるのみならず、前記の箱根法人協同組合の定款をめぐる経過をみれば、原判決も説示するとおり、被告人は本件行為をする際にこれが税理士法に違反することを十分に認識していたことが明らかであつて、原判決にはなんら所論のような事実の誤認もない。論旨はしよせん理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三九六条により、本件控訴を棄却することにし、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本勝夫 竜岡資久 横田安弘)